「ときな、月が綺麗ね」
秋、十五夜の月を絵梨子の部屋で眺めながら絵梨子はときなにそう伝える。
もちろん、言葉通りの意味であって、言葉通りの意味でないものも含めて。
「…………」
一緒に窓から空を見上げていたときなは絵梨子に一瞥をしてから一呼吸を置いて「そうね」と答える。
(……あれ?)
ときなにはわかってもらえると思っていた絵梨子は望んだ反応をされないことに首をかしげる。
(……通じなかった?)
確かにすごい有名な話っていうわけじゃないけど、最近はテレビとかでも紹介されたりするし、そもそも博学なときななら知っていてもよさそうなものなのに。
(……ちょっと残念)
たまにはロマンチックに好きだって伝えようかなって思ったのに。
あわよくばそのまま、それ以上の展開が待っているかもと期待もしてた絵梨子は大げさではないものの明らかに落ち込んでしまう。
「……一応、私も愛しているって答えておくわ」
そんな絵梨子にときなからして欲しかった言葉がする。
「わ、わかってたの?」
「知ってるわよ。そのくらい」
「え? じゃ、じゃあどうして、最初は反応してくれなかったの?」
「絵梨子が調子に乗りそうだったから」
「ぅ………」
ときなのらしい辛辣な言葉。
正直言って耳に痛いものがあった。自分はこんなに気の利いたことが言えるんだって思ってもらいたかった部分は確かにある。
「それに、それ出典不明らしいわよ」
「え? そうなの?」
さらに冷や水を浴びせられるかのような発言。
「少なくても夏目漱石が書いたり、言ったっていう証拠はないらしいわ。都市伝説の一種って言ってもいいくらいらしいわよ」
「そ、そうなんだ……」
本当の話だと信じ切っていた絵梨子は途端に恥ずかしい気持ちになって
「で、でも、本当じゃないかもしれないけど、そういうのがあったって言うほうが素敵じゃない?」
その気持ちをごまかすためと、本音も込めて反論をする。
「……それは、否定しないけど」
ときなは一旦絵梨子の言葉に頷いてから「でも」と、綺麗な黒の瞳で絵梨子を見返した。
「私はそんな他人の言葉で好きって言われるよりも絵梨子の言葉で愛してるって言って欲しいわ」
「っ………」
そして、まっすぐに想いを届ける。
その姿にまだまだときなのことをわかってなかったなぁと反省しつつ
「愛しているわ、ときな」
自分の言葉で想いを伝えて
「私もよ、絵梨子」
応えるときなと口づけを交わすのだった。